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ゲル - 移動式住居げる - いどうしきじゅうきょ
ゲル - 移動式住居
ゲルは、主にモンゴル高原に住む遊牧民が使用している、伝統的な移動式住居のこと。日本では、中国語の呼び名に由来するパオ(包)という名前で呼ばれることも多い。テュルク語では古来から「ユルト」と呼ばれたもので、現在でもテュルク系遊牧民のカザフ人やキルギス人が用いるユルトはほぼ同じ形状である。
緩やかな草原地帯に適しており、より乾燥し起伏
の多い西アジアではテュルク系遊牧民も方形の移動式住居を使っている。
遊牧民のゲルには南の出入り口に対して西側あるいは最上席の北奥に仏壇が祀られ、観音像やダライ・ラマの尊像を安置して香などを供養している。多くのゲルには『金光明経』などの経典が置かれています。 |

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仏教ぶっきょう
仏教
モンゴルの主な宗教はチベット仏教であります。高僧の霊魂が死後も相続されるとする活仏思想は、モンゴルがチベットより受け継いだ重要な信仰のひとつであります。
仏・法・僧と並び、師僧たるラマを敬礼するチベット仏教の特質はモンゴルを強調され、清末では243人の活仏が誕生しました。16世紀にモンゴル王アルタン・ハンがチベット僧ソエナム・ギャツオをモンゴルに招き、彼にダライ・ラマの称号を与えたのが、現在まで続く活仏ダライ・ラマの始まりです。それ以降、モンゴルにおいて仏教は深く信仰されてきました。 |
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寺院じいん
寺院
寺院においてラマ(僧)が学問研究するのはモンゴル仏教の特色のひとつで、厳しい試験を経てゼビシ(博士)などの学位を獲得していくチベット的伝統にならっています。その学問内容は中観・唯識の顕教から時輸密教にいたるまでインド正統仏教の教学を広く履修するもので学部によっては医療を専修することもあります。
仏教がモンゴル文化性を高揚せしめたのは、こうした学問寺の組織性によるものが大きいです。ラマの修行は学問研究だけではなく、儀式の実践も必須とされます。
儀礼は特定の期間のみの年中行事とともに、毎日の勤行があります。年中行事は新年の大祭モンランを筆頭に、年間を通じて種々の行事があります。
平日は毎朝各寺院の大講堂ツォクチンで読経がなされ、バター茶を供養して朝食に代えます。
仏事法要は先年までガンダン寺でしか見られなかったが、今日ではエルデニ・ゾーなど各地で復活しつつあります。モンラムなど大きな行事の際には、寺庭でツァムという仮面舞台が見られます。ツァムはチベット伝来の仏教ミュージカルで、供養や布教を目的に多数の信者を集めて勤修されます。演者のラマは悪鬼や白髪の老人などを模した大型の仮面をかぶり、装身具を鳴り響かせながら物語を踊ります。佳境に入るとにぎやかな音楽と相まって相当な迫力があり、一見の価値があります。小規模のツァムなら、ウランバートルの文化宮殿で音大生などによる公演が有料ですがが見られます。 |

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葬送そうそう
葬送
モンゴル人の葬法にはいろいろあります。山の南面や曠野に死体を遺棄する風葬が伝統的であるほか、チンギス・ハーン密かに土葬され、上から馬で踏み固められたと伝承されているように、土葬の伝統もありますが、一般的に火葬が多くおこなわれています。服のまま、顔をハダック(絹布)で覆います。
棺は縦棺で、棺の蓋は青、中は茶、端を緑の布で飾ります。これは天と土を意味します。葬式は人が死んでから2〜3日の間に行います。その間に親戚や同僚、友達が訪れ、遺族にお悔やみの言葉を述べ、包んだお金やお茶、乳製品を渡します。
現代では首都に共同墓地もあり、墓参りもするが、本来のモンゴル人は、遺骨を中心とした墓地参拝の伝統や檀家制度もないので、日本人のように墓参りを目的に寺院に参詣することはしないです。モンゴル人の先祖崇拝は民間儀礼により種々に行われるが、仏教化した地域では「倶舎論」などの死後7週目の満中陰説に基づき、四十九日法要が営まれます。 |
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霊魂れいこん
霊魂
モンゴル人の伝統的な観念によると、人間には3つの魂がある。
ひとつ目は眠ると体から離れ、目覚めると体に戻る意識にあたる魂。
ふたつ目は、死後、体から完全に離れて別の人間として生まれ変わる魂。
3つ目は死んでもその家に残り、生者とともに生活する魂である。この最後の魂は先祖の霊となる。食物を供えいつも祀っていれば家を助けるが、扱いが不満だと逆に害を及ぼす。姿が見えない気体のような存在で、影だけが見え、灰の上を通ると痕跡を残す。食物を供えるには、炉の火に食物をくべる。
今では、火を通じて祖先の霊へ書物を供える儀礼は、火の神そのものの信仰と結びついている。また祖霊の祭りもかなりの部分が最強の霊としてチンギス・ハーン霊の葬拝に吸収されてしまった。魂とよく似た霊的存在にはスルドゥもある。これはすべての人がそれぞれもっている。守護霊で、その人間の寿命をつかさどる。動物の姿をとることもあり、これを殺すと本人も死ぬとされる。
スルドゥは移動するが、男の場合、一般に帯にいると考えられ、みだりに帯を他人と交換するのはタブーとされた。女のスルドゥは糸まき車やひき臼にあり、使っていた女性が死ぬと表面を少し削ってまた使った。スルドゥが離れて人が病気になると、シャーマンはこれらの道具を用いてスルドゥ呼び戻しの儀礼を行った。 |
悪霊と子供たちあくりょうとこどもたち
悪霊と子供たち
死んだ人間の霊の中には、生きている人間に害を与える悪霊もいる。悪霊たちがいつも狙うのは幼い子供や赤ん坊である。
チュドウグルは、夜の暗闇の中にいて子供に危害を与える。アダは、子供や赤ん坊に疫病を広めるだけでなく、さまざまな姿で現れては、子供を怖がらせたりむずからせたりする。子供にアダが憑くと、火に溶かした鉛を茶碗の水の中に落とし、その固まった形で占い治療する。
子供が生まれても無事に育たず死んでばかりいる家では、健康に育っている子沢山の母親のデールの内任の裾を切り取ってもらったり、双子の一人に子供を取り上げてもらった。このような家では、子供が生まれると悪霊から守るために、あらゆる手段を使った。生まれた男の子の右耳にピアスをすることもあった。
また、悪霊をたぶらかすため、とても人間の名とは思えない変わった名前が意識的に付けられた。「それじゃない」「人でなし」「名なし」「誰だっていいだろう」「犬の子」「木石」「糞まみれ」「悪臭」や「ロシア人」「中国人」といった名前のほか、男の子に女の子の名前を付けることもあった。 |
モンゴル式洗礼の儀式もんごるしきせんれいのぎしき
モンゴル式洗礼の儀式
命名の儀式は生後数日経って、子供を取り上げた産婆や親類縁者が集って行われる。産婆かラマが、濃いお茶あるいはケガレを除く塩を入れた豊穣を表す米と悪霊を祓うねずみの木の葉を煮た汁を冷まし、それで赤ん坊を洗う。
そして父親がハダク(絹布)を捧げ「子供に名前をお授け下さい」というと、甕の中の米をかき分け、あらかじめ両親がいれておいた2〜3枚の紙の中から1枚を箸でつまみ上げる。そこに書かれた名前を男の子なら右耳に、女の子なら左耳に、吹き込むように3度ささやく。こうして洗礼命名の儀式が終わる。
普通は、縁起のよい名前や生まれた曜日を入れた名前、仏教の守護神の名から取った名前がつけられることが多い。
客達は、生まれた子に衣服などの身の回りの品々のほか、家畜の子や男の子ならばナイフ、弓矢、鞍などを贈る。この儀礼に先立って必ず用意されるのがガラガラである。フェルトを切り抜いて作ったキツネ、小さな弓矢、硬貨、鈴などを紐にくくりつけて、ゲルのオニ(屋根望)から赤ん坊の見えるところにつるす。
昔、キツネは眠っている赤ん坊と夢の中で話す事ができると信じられてきた。キツネは赤ん坊が寝ているところにやって来て「お前の母さんは死んだぞ」と言う。赤ん坊が泣き出しそうになると、今度は「今のはウソ。死んでなんか居ないよ」と言う。すると赤ん坊はにっこりする。
フェルトのキツネをつるしておけば、赤ん坊の心をもてあそぶ本物のキツネが来ても、「もう先客がいる」と思って帰っていく。
今でも、眠っている赤ん坊がにっこりすることを「ウネグチレフ(キツネする)」と言う。 |
子供の断髪式こどものだんぱつしき
子供の断髪式
男の子が3歳か5歳、女の子が2歳か4歳になると、再び親類縁者が集って、子供の断髪式が行われる。
モンゴルではお下げ髪の男の子をよく見かける。それはこの儀式まで子供の髪を切らないからである。この儀式には通常の宴会の食べ物のほか、ツァガールガが必要とされる。これは干しぶどうとアールツを入れて炊いた御飯で、出席者は必ず口をつけ、特に子供は全員1杯以上食べる決まりがある。
初めに、祖父か父が子供の髪に木のナイフを入れる仕草をして、ハダクを結んだハサミで少し切る。そして茶碗の乳を飲ませ、額にひと滴つけ、祝福の詞を言う。それから子供は客の前を回って少しずつ髪を切ってもらう。
客は「長生きし、親に孝行し、国のために働き、人々の先頭に立って行け」と祝いの言葉を唱えて、子供に贈り物を与える。物心つき、乳離れした子供は、このとき一人前の人間への敷居をまたひとつ越える。洗礼の儀式と断髪式は、現代モンゴルの都市部でも変わらず行われている。 |
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